『学校について語りませんか』 終了

FS検討委員会、藤井です。

5月29日(日)、座談会イベント『学校について語りませんか』を開催しました。
昨年6月に行なった『不登校について語りませんか』(http://www.kokanet.org/archives/453)に続く、語りませんかシリーズ第2弾です。
運営スタッフを入れて15名が参加。
不登校のお子さんを持つ親御さん、フリースクールスタッフ、元当事者、サポステ利用者といった顔ぶれに加えて、現役の学校の先生が参加してくれたのが今回のイベントの目玉と言えるでしょう。

ただ、前回の「不登校~」と比べて今回の「学校~」は、捉え方が人によって様々であること。
また「不登校」は学校に毎日通っている人にとっては無縁な言葉になる場合が多々ありますが、「学校」というキーワードは学校に通っている人は元より、不登校状態の人であっても相対的に意識するものでもある。
だから、ほぼ全ての人にとって深い印象を持つキーワードでありながら、立場によってガラッと中身が変わるキーワードでもあります。
そういった意味で、参加者全員に共通の1本の軸を設けて話し合う、といったことがしづらかったというのがあるかなと。
学校本来の主旨である「学び」という視点、あるいは学齢期の子どもたちの居場所という視点等々、様々な見方ができる。
当事者である子どもの視点と親を含めた大人の視点でも学校の位置付けは変わりますし、同じ大人でも自身の記憶の中の思い出としての学校と、自分の子どもが通う「今」の学校ではまた違う見方になるでしょう。

そんな感じで、まとめるのがひじょうに難しい話し合いの場でした。
で、個人的にひとつ言えるのが「人」の影響が大きいなと。
学校に限らない話ですが、「場」や「仕組み」はそこに関わる人で変わる。
今回の話の中でも、例えば「この時期の担任が理解があったので助かったが、その後に理解のない担任じゃなくて辛かった」といった話があった。
今回参加いただいた学校の先生たちも柔軟な思考ができる皆さんだったので今回のような集まりに参加して場に配慮しつつ自分の率直な意見を言ってもらうことができましたが、全ての教師がそういうわけではない。
教師の話しかしていませんが、教師以外にも言えます。
それぞれの子どもの親御さんがどういう人たちか、近所の人たちはどうか。
社会を構成する様々な人たちが「学校」や「学び」をどう捉えているのか。
それによって「場の雰囲気」は変わる。

自分は、今回の話し合いは途中から「学校」のことよりも「物事の捉え方の違い」についての話し合いと、それこそ「捉えて」いました。

内容の全てを網羅するのは難しいので、個人的に印象深かった部分を抜き出してお伝えします。
ひとつは、参加者から「自分が物心ついたのが25歳になってから」という話が出まして。
物心がつくタイミングは人によって違うと自分も思うので、この意見には共感できたわけです。
で、人は物心がついたタイミングで初めて純粋に学びたいと思うのではないかとも思うので、学校を含めた学びの場というのは学齢期と勝手に規定されている10代以降の人たちにも開かれていてほしいものだよなと思いました。

もうひとつは前回の「不登校~」にも参加してくれた「訪問と居場所 漂流教室」スタッフ相馬さんの意見。
学校とは本来ローカルから切り離された位置付けにあるものではないかという考えは、「言われれば確かに」と納得できるものですが、言われるまではそう考えないものでもあるよなと。
こちらは相馬さん自身がブログの方に書いていますので、下記リンク先を読んでいただければと。
http://d.hatena.ne.jp/hyouryu/20160529

今回のイベントの振り返りを6月12日(日)午前10時から、同じ会場となる「放課後等デイサービスぽっけ」で行ないます。
FS検討委員会の例会も兼ねますが、関心のある方はどなたでも参加できますので、よかったら是非ご一緒に話しましょう。