カテゴリー別アーカイブ: スタッフ

スタッフからの投稿です。

ひきこもりの気づき。

自分が、お子さんが、ひきこもりの状態にある方。または過去にそうであった方。
元ひきこもりだったわたしがやっといま気づいたことを1つだけ伝えたいと思います。
それは「君はすごい。とてもすごい。」ということ──。

ひきこもりの原因って、そのひとの内側に持っているものがそのひとに強い影響を与えているから起こるもので、そのひと自身の本質がひきこもりというわけではないんです。
今、暗いのはその影響の所為で、子どもの頃はもっと明るくはしゃいでいたはずですから。だから「ひきこもり=そのひと」というわけではありません。
ひきこもりが内側に抱えている原因はハチにさされた所のように、バンバンに腫れあがってしまったようなものです。だから、なんであいつは笑えないんだろうとか、なんかあいつは暗いなって思われても仕方ない。
骨折した痛みに耐えているような状態で笑顔になれっていわれても無理があるんだもの。

そのひとが望もうと、望むまいと、ひきこもりの「腫れ」はそのひとの内側にあって、その炎症が強いので「受け入れる」という状態ではなくなってしまい、結局、その部分は他を排除するという働きになってしまいます。
きっと誰にだって同じものがあるのかもしれないですが、腫れが強くその影響を受けている状態にあると、ひとと不調和になったり、ひとを避け、ひきこもるといったことになってしまいます。

だから「君が悪いわけじゃない。」
そう思うんです。

お弁当を学校に置き忘れて中身が腐ってしまったとして、それは弁当箱ではなく中身の問題だけど、その悪評はその弁当箱も被ってしまう。それと似ています。
ちょっと困りものですね。自分が悪いわけではないのに。
出来ることなら、自分の外に追い出してやりたいものです。

わたしもいろいろと試してみたのだけれど、残念ながらひとの場合、お弁当のように中身だけ新しいものに変えることは難しい。もしかしたら出来ないのかもしれません。

でも、1つだけ気づいたことがありました。
それは、僕は決して望んだわけではないけれど、誰もが拒絶したがるこの「ひきこもりの原因」を長い間ずっと自分の内側に受け入れ、包み込んできていた。という事実。

その人間性というか、包含者というか。
たしかにその影響によって、周りから悪評も受けてきたし、辛い目にも遭ってきたけれど。仕方なくても受け入れていたのは、やっぱり本当の自分自身の人間性(人格)なんだなと思えました。

ひきこもりだけに限らず、誰もが拒絶したがるような状況は、自分の身の回りにもたくさんあります。
けれど、それを望もうと望むまいと、その状況を受け入れ包み込んできたのは、あなた自身であり、温かく明るい優しいあなたの本質だと思う。

だから伝えたい。
「君はすごい。とてもすごい。」ということを。

 

不登校 子ミュニティ Baobab    スタッフ:いそざき

内閣府HPにある「ひきこもり」のためのサバイバルライフプランがすごい。

自分の子どもや友人知人が「引きこもり」の状態であるなら誰もが「なんとか脱出させたい」、「社会復帰して欲しい」と願う気持ちが一番に立つはずです。
しかし、その子が「一生働けないこと」を前提として《親が持つ資産を活用することで、お子さんの一生涯の生活が成り立つプラン「サバイバルライフプラン」》といったものがあり内閣府のHPで見ることができます。

それが内閣府共生社会政策統括官(青少年育成)のホームページ「ひきこもり支援者読本」内の
【親が高齢化、死亡した場合のための備え(生活維持のための自助)】。

『ひきこもり支援者読本 PDF版目次』

URL : http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/hikikomori/handbook/ua_mkj_pdf.html

ざっくりとその内容を口頭的に紹介させていただくと
「まず、今住んでいる家や土地の価格、親の貯金などの資産額と借金やローンなどの負債額を細かに算出しましょう。
そして、その土地・家を売って、今よりも小さい家を建てましょう。その家は賃貸併設の作りにして「家賃収入」を得れるようにしてみてはいかがでしょうか。また年金も未加入・未納の場合、勿体ないので免除申請をして受け取れるようにしましょう。」というようなもので、他にも、生活にまつわる公的な支援制度の紹介やATMでの預金の受け取り、買い物やゴミ出しのことなど、本人が最低限身につけておくべきこと、知っておくと良いものが丁寧でわかりやすく書かれています。
私も5年間の引きこもりを経験した人間ですが、読んでいてあまりにもリアルな内容だったために「面白かった、為になった。」というのが正直な感想です。

働けないことを前提としその生活を一生涯安定して続けられるよう作られた「サバイバルライフプラン」。しかし読んでいくと、何故か「なんかバイトでもやってみるか。」という気持ちが芽生えるような不思議さがあります。
それは「これで一生、安心して生きて行けるじゃん」という確信がもてたときに、どん詰まり状態の「出来ない」という呪縛から心が開放されるためかもしれません。

では最後に、元当事者の個人的な感想として。
これは両刃の剣であるかもしれませんが、けれど引きこもりを脱するために書かれたどんな本よりも、引きこもりであるひとが社会復帰へと至るバイブルとなる可能性をどこか否定できません。
「引きこもり」は当事者1人だけのことではなく、「親子」の二人三脚の歩みが揃っていないと上手く前には進まないからだと思います。
今の状況を否定するのではなく、受け入れたその先にある未来へ歩めるなら、もうそこに「引きこもり」はいないでしょう。その代わりに、元気で笑顔にもなれてずっとずっと明るいお子さんが居るのではないかと思うところです。

 

スタッフ・いそざき

 

新年、明けましておめでとうございます。

2017年、明けましておめでとうございます。皆さま今年もどうぞよろしくお願い致します。

不登校 子ミュニティ Baobab(バオバブ)に団体の名称が変わって早2ヶ月。最初の頃は現在の教育や子ども達の置かれている現状に目を向け、関心のある市民数名の話し合い、意見交換の場であったものが、段々と不登校の子どもの親の会や子どもの居場所の開所、ゲーム学習会などイベントを催す活動母体へと発展してきました。

その中で僕は昔、高校を中退してから5年くらい引きこもっていた経験があるので元引きこもりという立場で活動に携わらせてもらってきましたが、なかなか出来ない経験をさせてもらってきたのかなと思っています。

自分にとって学校というのは、勉強以外のために行く場所でした。学校の勉強なんて意味がないと思っていたし、学校をさぼっては近くの公園でテニスをしているおじさんと一緒にテニスやったり、放課後の部活だけやるために学校に行ったり。何より家でネットのゲームをしていたかった。そして結局学校も休みがちになると勉強もわからなくなって最終的には中退してしまったんですが、サポステ(若者サポートステーション)やこのような活動に携わることで、中には学校でいじめを受けたり、精神的に辛くて学校に行けない子が居る事を知ったわけです。

もちろん僕だって学校(の勉強のため)に行きたくない立場だけど、その子のことを思うと「その子が学校を楽しく思えてきたら、きっと学校行きたいって思うはずだし、人間関係の身のこなしを覚えれば、多少嫌なやつがいても上手くやっていけるだろうし。それに学校行けなくてもなんとかなるもんさ、僕がそうだから。(・・・え、大丈夫じゃない?)」という思いが湧いてくるってことは、やっぱり学校のことで悩んでいるひとがいたら自分とは無関係だなんて感じれない自分がいて。なにかその子たちのためになれないか、本人のどこかで学校に行くことも大事だと思うなら自分なりに何かの助けになれないだろうかという気持ちもあって、ここでのいろんな活動に携わらせてもらってきていました。

これは僕の中ではすごい変化があったと思います。そして、最近そういう仲間がいて、話し合いができて、活動して・・・って当たり前ではない気がしました。それは一人ではなかなか出来ないことなんでしょう。思いがあっても具体的にすることってすごく難しいし、続けていくことはもっと難しい。僕みたいな奴も居るけど、すごく良い志を持った仲間や場に恵まれたと思います。

出来ればこういう参加のできる場があることを知ってもらいたいですし、みなさんにもきっと「思うこと」があると思うので、学校のこと、子どものこと、家庭のこと、仕事のこと、友達のこと、先生のこと。その思うことをあるがまま話して欲しいなと思っています。

なぜなら、ここは『不登校 コ(子)ミュニティ』だから。笑

Baobabという大きな樹の名前からもそうだけど、そういう場になっていけたらいいね。

ではでは、またお会いしましょうb

 

不登校 子ミュニティ Baobab  メンバー:いそざき

1 / 24≫|